退寮100半荘 ~さらば京都大学吉田寮~

退寮100半荘

僕が住んでいた学生寮には”退寮100半荘”というイベントがある。文字通り卒業して出ていく人が麻雀の半荘を連続で100回行うという狂気じみたイベントだ。麻雀を知らない人のために説明すると1半荘(1局をだいたい8回)というのは30~60分くらいかかる。それを100回もやるのだから当然2徹して3日間打ち続けることになる。こんな無茶なイベントなのでみんながやるというわけでもなく数年に1度くらいチャレンジャーが現れるか現れないか位の頻度で開催される。同卓する人は寮生やOBたちが入れ替わりで入り続けるのでチャレンジャー以外にとってはお祭りみたいで楽しい。前回は70時間あたりでチャレンジャーの体が本当に動かなくなってしまい伴走した人が代理で100半荘達成したらしい。

今年は僕の卒業の年なのだがこんなタフな挑戦達成できるわけないので自分でやろうとは全く考えていなかった。でも僕と同じ年に卒業するS君が来年から結構遠い外国に行ってしまいなかなか会えなくなることを聞いて最後の日本の思い出になるといいなと思い2人で挑戦することにした。こうして僕とS君の退寮100半荘挑戦が決まった。

前日まで

退寮100半荘をやることに決めてから自動卓の準備をした。寮には昔自動卓がおいてあったのだがいつの間にか誰にも使われなくなりホコリをかぶっていた。触ってみると電源はつくが麻雀牌がいくつかなくなっており余った牌で代用されていた。これがあまりにもお粗末で修正ペンで消して北とか書かれたペイや謎の丸いシールがはられたイーピンなどひどい有様だった。なるほど誰も使わなくなるわけだ......。さすがにこれはまずいので麻雀のネイルシールを買って白い紙と一緒に貼り付けた。ギリ我慢できるラインなのでこれでいいかと思っていたら友人がプリントシールできれいなシールを作って貼ってくれた。おかげで楽しく100半荘打てたので本当に感謝。

当日

100半荘をやることが当日の前の週くらいに急遽決まったので全然広報ができておらず日曜の朝当日は人が集まらず「これそもそも人が集まらなくてうまく行かないのでは......」と心配になったけど一度卓につくと途切れないようにみんなが入り続けてくれたのでなんとかなった。他にもたくさん差し入れが送られてきたり、ご飯を買ってきてくれたり何かと多くの人がサポートしてくれて寮生のあたたかみを感じた。

1~20半荘

日曜の10時くらいに開始して順調に深夜頃までには十数半荘ほど打つ事ができた。夜は普通に眠かったけど僕もS君もapexで徹夜することにはなれているのでまあなんとかなった。普通にここまでくらいは楽しい麻雀。S君はリーチや危険牌を切るたびに中山きんにくんのものまねをして「ぱわー!!!!」と言っていて楽しかった。

20~40半荘

ここらへんから流石に疲れてくる。時間はだいたい2日目の早朝か朝ごろ。一応エスタロンモカを飲んで元気をつけようとしたけどあまり効果は感じられずしかも下痢になったので辛かった。S君は半分寝ていて牌を切ったら寝て次の自分の番になると起こされるといった感じでやっていた。僕も半分寝ていて「とん、とん、とん、」と3回牌が切られる音がしたらツモるという感じでやっていた。麻雀の方はというと僕は最序盤に大きく負けたものの基本的に順調に勝ち続け+200~300を維持していた。S君は逆に序盤は勝っていたけれどだんだんとマイナスが増えて行った。かなりやったのにまだ二十数半荘しかやってないことにだいぶ絶望した。

40~60半荘

朝になって日光を浴びるとちょっと元気になってまた冗談をいう余裕が出てきた。S君はちいかわのモノマネで「~~ってこと!?」とずっと言っていた。僕も徹夜明けでおかしくなってタコピーのモノマネしてずっと「リーチだっぴ」とか「(安牌が)わかんないッピねぇ~」と言っていた。でもすぐにまたきつくなって静かに苦しみながら麻雀を続けていた。本当に首と腰が痛くてしんどかったし、そんな状態で麻雀するから元気な参加者たちからはボコボコにされかなり辛かった。

たぶんこれくらいの時間が全体を通して一番きつかったと思う。50手前は終わりが見えないし、体のきつさにも馴れなくて麻雀に対してもまだ普通の感覚が残っているから負けると普通にしんどい。一応全体を通してプラスの時間が長かった僕がそうなのだから基本的に常にマイナスでゆっくりと下降していったS君の辛さは計り知れない。

夕方ごろになると100半荘の話を聞きつけたOBたちがやってきて差し入れをくれたり一緒に卓を囲んでくれたりした。基本的に誰が来ても疲れ果てていたのでボコボコにされていたのだけど、あるOBさんが卓の雰囲気を大きく変えてくれたのでそこからちょっと元気に打つことができた。

そのOBさん(仮にKさんとでも呼ぶことにします)は寮関係者では最年長で色んな経験があって、いままでの100半荘にも何度か参加していた。
その人に今どんな感じ?と聞かれた時

S君「体が結構辛いけどずっとともだちと遊んでて基本的に楽しい。ただ麻雀というゲームはこんなにこすれるほど面白いものではないのでつらい。」

僕「まじでつらい。何もかも辛い。こんなことに挑戦しようとしたことを本気で後悔しているし早く終わらせたい。なんなら振り込んで飛びになることで半荘が早く終わることに少し安心感を感じる自分がいる。流石にやらないけど雑に全ツッパしてわざと飛ぼうかと考えずにはいられない。へとへとなのでどうせ頑張ったところで正常時の判断ができないので負ける。」

と答えたら、

Kさん「敗北主義者になってはだめだよ。若いときからずーと麻雀をやっているけど負ける人はみんなツモが悪いとか俺だけついてないとかいうんだよね。でも麻雀は勝ちを作りに行くゲームだから。勝利主義者にならないと、勝つことはできないよ」

といわれた。

これは50半荘で下痢と眠気と体調不慮のなか満身創痍の打牌で4回連続ラスを引き序盤の貯金も消えメンタルもズタボロになっていた自分には目の覚めるような話だった。この話を聞いた瞬間雀卓が太陽に照らされて光ったような気がした(夜だったので気のせい)

そうだ、麻雀は勝ちを作りに行くゲーム敗北主義者では勝つことはできない。

S君「感動しました。K教に入信します」

僕「ありがとうKさん。いまから勝利主義者になるよ。」

僕もS君もKさんの激励で元気になりまた打ち続けられるようになった。

S君は「勝利主義!」といって危険牌を切ったり僕が日和った安牌で降りた時に

「ん~?敗北主義者がおるな~」とふざけたりする余裕が出てきた。

僕は体が疲れ果てて「リーチ」以外基本的に話せなかったがこれ以降前向きに麻雀に取り組むことができた。

本当に感謝しています。Kさんありがとうございました。

60~80半荘

麻雀を打ち続けて40時間くらいが経とうとしていた。ここらへんになると辛いのは当たり前で辛さに少しずつ馴れてきた。頭痛腰痛眠気だるさ腹痛、こういうのを抱えながら麻雀を打つのは相当難しい。麻雀で「どの牌を切ったらいいのか」という問に対してよくある答えが「場況による」というものだ。麻雀は点数状況や周りの動きでどう立ち回るべきかが相対的に変わっていく難しいゲームだ。しかし、この疲労困憊の状況で把握し続けながら打つのは困難だ。

そこで僕は450システムを考案し、場況によらず切る牌を決められるようにした。具体的にはドラと役牌を無視、配牌時のブロックにしたがってターツを決める。ターツを完成させない牌は全部字牌にする。リーチが入ったら字牌から切っていきベタオリする。12順目以降はベタオリ

システムを導入してから頭を使う割合がぐっと減ったので体がしんどいが心のしんどさはだいぶ減った。S君は少し復活したみたいで普通に打っていた。

 

80~90半荘

100半荘挑戦者には有名な話だが70半荘を超えた辺りから、認知がおかしくなり始める。麻雀牌が語りかけたり、幻聴が聞こえたり、牌が膨らんで見えたり、時間の感覚がおかしくなったりする。僕の場合は流れていないはずのGET WILDが聞こえたりした。

実は40半荘目辺りから牌が膨らんで見えたのだがその話をSくんにしたら「そういうのもういいから、早く切って」と流されたのに80辺りでSくんは「この牌台形じゃね?」とか言い出してとうとうS君もおかしくなり始めたんだなと思った。

誰かが80半荘のとき後20半荘で終わりか、寂しいね。といった時俺はなぜか涙がこみ上げてきて涙が流れそうになった。100半荘の殆どの時間は苦しくて早く終わりたいと思っていたのにこの時間がまだ続いて欲しいと思う自分もいる。今はただ目の前の麻雀を淡々とこなすだけだ。

450システムが功を奏したのか成績は持ち直した。85半荘目くらいで親で数え役満もツモることができて嬉しかった。

 

ところでゲワイって麻雀の歌っぽくないですか?

GET WILD AND TOUGH

一人では解けない愛のパズルを抱いて

GET WILD AND TOUGH

この街で優しさに甘えていたくはない

GET CHANCE AND LUCK

君だけが守れるものがどこかに有るはずさ

GET CHANCE AND LUCK

一人でも傷ついた夢を取り戻すよ

www.youtube.com

90~100半荘

「もうあと5半荘か。バカ寂しくて草」普段口が悪くて冗談しか言わないSくんが95半荘めでいきなり素直に自分の感情を言ったのがとても面白くみんなで爆笑した。僕はとても共感できたし、同時に笑うSくんが涙目になっているのに気づいて、Sくんがふざけたり逆張りじゃなくて本心からそう思っているのがわかりとても嬉しかった。もう少し前なら涙を流す余裕もあったけどそうするにはあまりにも疲れていて、心のなかで「僕も同じ気持ちだよ」と静かにつぶやいた。

この辺になってくると半分気絶してるのに無意識に体が麻雀をしていて、気がついたらそこそこの手が進んでいるみたいなことが多かった。S君は麻雀牌が兵士に見えてきたと言っていて、とうとうあの症状が出たのか。と思った。100半荘経験者たちは最後の方麻雀牌の物語が視えるようになるらしい。人によっては3色に分かれて戦う陣営だったり、ファンタジーの世界観の話だったりいろいろ違うが、とにかく麻雀牌の物語が分かってしまうのだ。僕もこの症状が最後の方にでて、麻雀牌が会社の人間関係に見えていた。

気がついたら半荘はどんどん進み100半荘目になった。東発で僕はリーチ後24000を振り込み0点で東2局へ、やや微妙な牌姿からホンイツを目指す。風牌を鳴きドラ字牌をタテに引き上がりを目指すもツモられ飛び終了。

終わった.......。とうとう終わった100半荘。

感動とかよりもやっと開放された安堵感を強く感じていた。

雀卓の周りでみんなが拍手している。

ああよかった。

100半荘やったんだ。

おめでとう俺。

おめでとうみんな。

おめでとうS君。

僕はみんなにお礼を言ってソファーで朝まで寝た。